最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)402号 判決
論旨は、原判決は上告人が昭和二〇年一〇月にした解約申入の効力に関する判断を遺脱しているというのであるが、かりにこのような解約申入が適法に行われたとしても、後述するような、原判決の確定する事実に基けば、その解約は、自作農創設特別措置法第六条の二第二項第一号にいわゆる正当なものとは認められないから、同条第一項により遡及買収をすることは違法ではなく、所論の判断遺脱は原判決の主文に影響のないものと言わなければならない。論旨に理由がない。
同第二点について。
論旨は、上告人と賃借人池知徳馬との間の昭和二二年二月の合意解約は、適法であるのみならず正当であるというに帰する。
しかし、原判決の確定するところによれば、訴外池知徳馬は約三〇年前から本件農地を賃借して耕作し、上告人の家族は七名で耕作面積は本件農地を含めて二町四反歩余であり、居村では最上層部に位する農家であるのに対し、池知は小作人として従来不誠実の点もなくその家族は五名で耕作面積は僅かに五反余に過ぎないのである。
かゝる場合合意によつて賃貸借を解約しても、その解約は自作農創設特別措置法第六条の二第二項第一号にいわゆる正当な解約ということはできないものと解するを相当とすべく、従つて、原判決が被上告人がした本件買収処分を正当であるとしたのは法律の解釈を誤つたものということはできない。
同第三点について。
論旨は原判決の認めない事実を主張するのであつて採用することができない。
以上説明するとおり本件上告は理由がないから棄却することとし、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い全裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。
(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人田村三吉の上告理由
本訴における上告人の主張を要約すると、
上告人は本訴の田一反六畝十七歩を池知徳馬に賃貸小作さしてあつたが、これを自作すべく池知に対し昭和二十年十月賃貸借解約の申入をし、更に昭和二十二年二月には解約につき池知の承諾を得て返地を受けたので、昭和二十二年度より自作して現在に及んでいる。然るに池知は昭和二十三年八月に至り突然この農地につき自作農創設特別措置法第六条の二による遡及買収の請求をし、村農地委員会はこれに基ずいて買収計画を定め、被上告人高知県知事はこの買収計画に基ずいて買収令書を発行して上告人に交付して本訴の農地を買収したものであるが、この買収処分は前示法第六条の二第二項第一号、第二号に定めた買収除外規定に反する違法の処分であるから、これが取消の判決を求める。
と謂うにあるが、これに対し原審が上告人の請求を排斥したのは、次のように法令の解釈適用を誤つているので更に上告をしたのである。
第一点
上告人は原審に於て「本訴農地を自作すべく賃借人池知徳馬に対し昭和二十年十月賃貸借解約申入をしたので民法第六百十七条により一ケ年の期間満了の昭和二十一年十月には賃貸借契約は終了したから、同人は小作人ではなく遡及買収を請求する権利はない」と主張したにも不拘、原審はこの点について審理を尽さず亦何等の判断を為さなかつたのは、上告人の主張する重要なる事実争点について審理判断を逸脱した違法があるから、原判決を破毀差戻の判決を求める。
第二点
上告人の、「昭和二十二年二月上告人と賃借人池知との間の本訴農地についての賃貸借の合意解約は適法且つ正当であるから、法第六条の二第二項第一号の規定に該当し買収より除外すべきものである」との主張に対し、原判決は合意解約が適法であることを認めながら、正当かどうかについては、
「上告人の家族は七名で耕作面積は本件を含めて二町四反であり、賃借人池知の家族は五名で耕作面積は僅かに五反余に過ぎないことなどを綜合して、解約は正当なものとは謂えない」と認定したが、これは主として双方の耕作面積を比較して上告人の耕作面積が賃借人のそれに比して多いのによるものと思われる。然し解約が正当かどうかと云うには、ただ耕作面積の比較のみに重きを置いてはならなくて、賃借人が賃借地を地主へ返すことによつて、その生活状態が地主のそれに比べて著しく悪くなるかどうかを考慮せねばならないが、本訴の農地は既に三年前に地主へ返して現に賃借人はこれを耕作していないから、本件買収をやめても賃借人の耕作面積には増減なく、且つ賃借人は現在では五名の家族で、別の買収地三反歩を加えて八反歩程を耕作し他の収入もあつて裕福な生活をしていることや、本訴農地は上告人が返地を受けて既に三年間も自作し賃借人が耕作していた時よりも四、五割も増収をあげているのを今更元の賃借人へ売渡すのは却つて食糧増産の趣旨に反するし、それに三年前に賃借人は合意解約によつて返地をし其の後異議なく上告人が自作を継続している点などを綜合すれば、本件賃貸借の解約は適法であるのみならず、正当であると謂わねばならぬのに、原判決がこれを正当でないと認定して、上告人の主張を排斥したのは、法第六条の二第二項第一号の規定の解釈適用を誤り且つ判決の理由に齟齬があるから、原判決を破毀せられたい。
第三点
上告人の、「賃借人池知は昭和二十一年度の小作料の支払をしないのみならず、すでに解約を承諾して地主に返地し、地主が耕作しているものを遡及買収の請求をしたのは信義に反する行為であるから、第六条の二第二項第二号に該当し買収より除外すべきものである」との主張に対し、
原判決は「昭和二十一年度の小作料は支払をしていること、上告人の耕作面積が賃借人のそれに比して多いこと」などを綜合して、本件買収請求は信義に反せぬものと認定したが、
賃借人池知は二十一年度の小作料を契約の時期に支払つたものではなくて、二ケ年も経過して農地問題がやかましくなり、且つ本件農地を買収するために上告人には無断で農業会の上告人の預金口座へ払込んだのを本件買収事件の訴訟が起つてから上告人がそれを知つたのであるから、同人の小作料の支払は適法でなく、なお双方の耕作面積の比較は第二点に於て述べた如く賃貸借解約の正当か否かを決定する資料になつても、信義に反するかどうかを決める資料にすべきものではない。
よつて原判決は前示第二号の規定の解釈適用を誤り、且つ判決の理由に齟齬があるから破毀せられたい。
第一審判決の主文および事実
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が別紙目録記載の農地につき昭和二十三年十二月二日附の買収令書によつてなした買収処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を、求める旨申し立て、その請求の原因として次のように述べた。
「原告は労力不足のため三十年位以前から別紙目録記載の田四筆を訴外池知徳馬に賃貸していたがその後原告の長男、次男がそれぞれ学校を卒業して労働力が増加し反面池知の方は生産力が年々減退の兆候があつたので原告はこの農地を自作すべく右訴外人に対し昭和二十年十月頃解約の申し入れをし、更にその後昭和二十二年二月には解約につき右訴外人の承諾をも得た。しかもなお当時の行政庁の指導方針に従い原告は同年四月被告に対する賃貸借契約解約の許可申請書を訴外蕨岡村農地委員会に提出した。そして同農地委員会が同年六月暫定的措置として原告の自作を承認する旨の決定をしたので同年度からこれを自作しているものである。しかるに池知は前記のように解約を承諾しながら昭和二十三年八月に至り突然この農地につき自作農創設特別措置法第六条の二による買収の請求をし右村農地委員会はその請求に基き買収計画を定めた。そこでこれに対し原告が異議の申し立てをしたところ右村農地委員会は同年十二月二日原告の解約許可申請を被告に上申しその結果により買収手続を進める旨の決定をした。ところでその後右村農地委員会は小作側委員全員の欠員等の事情のため県農地委員会が事務を代行するような始末で殆んど全くその機能を停止し、原告は口頭又は書面で被告に対する上申を度々陳情したのであるが遂に現在までその上申は実現されなかつた。しかるにその後右村農地委員会は自ら右決定に違背し前記買収計画に基く買収手続のみを進めた結果被告は同年十二月二日附で買収令書を発行しこれを原告に交付してこの農地の買収処分をした。以上のような次第であるから被告の本件買収処分には次のような違法がある。(一) 蕨岡村農地委員会は前記のようにその自らの決定に反し被告に対する解約許可申請の手続をとることなしに買収手続を一方的に進めたもので本件買収処分はその手続上当然違法である。(二) 本件農地は自作農創設特別措置法第六条の二第二項により買収すべからざるものである。従つてこれに対する買収計画は違法であるから被告の買収処分が違法なことは勿論である。すなわち前記のように原告は賃借人池知に対し昭和二十年十月解約の申し入れをしたのでその後民法所定の一箇年の期間満了の昭和二十一年十月には賃貸借契約は終了している。しかのみならず原告はその後昭和二十二年二月には更に解約につき池知の承認をも得ているし、又同年六月には蕨岡村農地委員会のそれについての承認をも受けている。もつとも被告の許可は得ていないがこれは前記のような事情によるもので原告としては尽すべき手段を尽しているのであるから被告の許可がない一事で以て解約が不適法とされるべき筋合はない。なお原告の耕作面積が本件農地を含めて田畑合計二町四反五畝歩、家族七名で全員が耕作に従事し農具の準備は十分で村内屈指の精農家である。これに対し池知は現在田畑合計七、八反を耕作し農耕に従事するもの四名で農以外に副業として製炭を営み収入が多く最近は二階建の家屋を新築した位で本件農地がなくても生活の不安は絶対ない。しかも本件農地は原告がすでに三年間も自作し池知のときよりも四、五割の増収をあげている。従つて解約は結局適法かつ正当である。更に池知は本件農地につき昭和二十一年度の小作料の支払いをしないのみならず前記のようにすでに解約を承諾しながらその後において買収の請求をしたのは信義に反する行為である。そこで本件農地は自作農創設特別措置法第六条の二第二項第一、二号に該当するものである。従つて原告はこの違法な被告の買収処分の取消を求めるため本訴に及んだものである。」(立証省略)
被告指定代理人は先づ本案前の弁論として、本訴は被告の買収令書による買収処分の取消を求めるものである。しかしかような訴は制度上許さるべきものでない。けだし出訴期間の経過等の事由により買収計画がすでに確定しそれが最早や争えなくなつて後かような訴は提起されることが多い。ところでさような場合にもなおかような訴を許すことは出訴期間を制限する等の方法により行政処分の可及的迅速な確定を期する法律の趣旨に反するからであると述べ、
本案につき主文第一、二項と同旨の判決を求め次のように述べた。
「原告主張の事実中原告が別紙目録記載の農地を訴外池知徳馬に三十年位以前から賃貸していること、昭和二十二年からこの農地を原告が自作していること、右訴外人が原告主張のような買収請求をしそれに基き訴外蕨岡村農地委員会がこの農地につき買収計画を定めたこと、被告が昭和二十三年十一月二日附で買収令書を発行しそれを原告に交付して買収処分をしたこと及び原告の耕作面積が田畑合計二町四反余であることは認めるがその余の事実は争う。原告は昭和二十二年六月正当の事由がなく又適法な手続によらないで右訴外人から強引に農地を取り上げたものである。なお買収処分に対する訴が許されるとしてもその違法は買収計画確定後の手続上の瑕疵のみを理由とすべきものであつて原告主張のような違法は本件買収処分の取消の事由とはならない。従つて被告の買収処分に違法はなく原告の本訴請求は失当である。」(立証省略)
第二審判決の主文、事実および理由
一、主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人が別紙目録記載の農地につき昭和二十三年十二月二日附の買収令書によつてなした買収処分を取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において本件買収令書は昭和二十四年七月二日控訴人に交付されたと述べ被控訴代理人において本件買収令書による買収処分の取消を求むる訴は制度上許さるべきものでないとの本案前の被控訴人の主張は撤回する。本件買収令書が昭和二十四年七月二日控訴人に交付されたことは争はないと述べた外いずれも原判決事実摘示と同一であるからこゝに之を引用する。(証拠省略)
三、理 由
蕨岡村農地委員会が別紙目録記載の農地四筆につき自作農創設特別措置法第六条の二に基く買収計画を定めたこと、その後被控訴人が右農地につき昭和二十三年十二月二日附で買収令書を発行し之を控訴人に交付して買収処分をしたこと及び該買収令書が昭和二十四年七月二日控訴人に交付されたことは当事者間に争のないところである。
よつて本件行政処分が違法であるか否かについて判断する。
先づ控訴人の被控訴人の買収処分は手続上違法であるとの主張につき按ずるに成立に争のない甲第二号証、原審証人山崎種稲、同浦田高千穂、原審並びに当審証人威能正吉(原審第一回)の各証言を綜合すれば蕨岡村農地委員会が昭和二十三年十二月二日本件農地につき控訴人のため被控訴人に対し賃貸借契約解除の許可を上申しその結果により右買収計画に基く買収手続を進める旨の決定をしたこと然るにその後右村農地委員会は遂に右上申をせず買収手続のみを進めたことが認められるけれども前顕証人山崎種稲、同浦田高千穂、同威能正吉(原審第二回)原審証人岡本広光の各証言を綜合すれば右の如き事態になつたのは控訴人自ら被控訴人宛て解約許可申請書を提出しなかつた事情によることが認められるのみならずたとえ斯様な事情がないとしても農地の買収手続とその賃貸借契約解除の手続とは制度上別個のもので関連するところがないから右村農地委員会が右の如き決定をしながらその後買収手続のみを一方的に進めたことは不当ではあるが之がため右買収手続が違法となるものとは謂ふことはできない。
次に控訴人の合意解約は適法且つ正当であるとの主張につき按ずるに、前顕証人威能正吉(原審第一回)原審並びに当審証人池知徳馬の各証言により真正に成立したと認める甲第一号証、前顕証人威能正吉(原審第二回)の証言により真正に成立したと認める甲第四号証並びに前顕証人威能正吉(原審第一、二回)原審証人田能稔の各証言及び原審における控訴本人(原告)の供述を綜合すれば控訴人と訴外池知徳馬との間に昭和二十二年二月頃賃貸借契約解除の合意が成立していることが認められ之に反する前顕証人池知徳馬同池知ふぢえの各証言は措信し難く他に右認定を覆すべき証拠はない、そして当時即ち昭和二十二年十二月二十六日公布の法律第二百四十号による改正前の農地調整法の下においては合意解除には被控訴人の許可は必要でなかつたものと解するを相当とすべく従つて前示賃貸借の合意解除は適法であつたものと謂ふべきであるが当事者間に争のない池知徳馬は約三十年前に本件農地を控訴人から賃借し爾来之を耕作し来つた事実に前顕証人池知徳馬、同威能正吉(原審第一、二回)の各証言を綜合して認められる控訴人の家族は七名でその所有農地の耕作面積は本件農地を含めて二町四反余であり居村では最上層部に位する農家であるのに反し右池知徳馬は小作人として従来不誠実な点もなくその家族は五名でその内四名が農耕に従事しその耕作面積は僅かに五反余に過ぎない事実及び前顕証人池知徳馬の証言によつて認められる、右徳馬は本件土地の小作料も毎年末支払い来り昭和二十一年度も之を支払つた事実を綜合して考えれば右解約は正当なものと謂ふことができない。
最後に控訴人の信義則悖反の主張につき按ずるに右池知徳馬が三十年以前より本件農地を控訴人から賃借していることは当事者間に争なくまた同人は小作料は毎年末之を支払い来り昭和二十一年度の小作料も支払をしていること、控訴人の耕作農地が本件農地を含めて二町四反余であるに反し池知徳馬の耕作面積は僅かに五反余にすぎないこと、前段認定のとおりであるから以上の事実を綜合して考うれば右池知徳馬の本件農地買収の請求は信義則に反するものと断ずることはできない。
されば被控訴人のなした本件農地の買収処分は正当であつて何等違法の点はなく右処分の取消を求める控訴人の請求は不当であつて到底棄却を免れない。
よつて右と同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条により之を棄却し、訴訟費用につき同法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。